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医療現場で注射薬を混合して用いる場面は多くあります。特に点滴を行う場合は、生理食塩水などの基本輸液に医薬品有効成分を溶解して用いることがほとんどです。輸液に有効成分を混合する作業は、病院内の薬剤部あるいは患者のベッドサイドで行われますが、この際に溶解された有効成分濃度をその場で定性・定量分析することは非常に重要です。注射薬中の有効成分の種類や濃度を間違えたことによる医療事故は多く報告されており1)、患者の生命に直結する事故につながることも少なくありません。注射薬の有効成分濃度は目視で判別できない場合が多く、医療従事者が混合ミスに気づきにくいことも事故が起きやすい要因となっています。注射薬の有効成分の定性・定量分析を簡便かつ即応的に実施できる分析デバイスは、医療現場で強いニーズのあるものとなっています。
1) 一般社団法人 日本医療安全調査機構 医療事故調査・支援センター「医療事故の再発防止に向けた提言第15号 薬剤の誤投与に係る死亡事例の分析」2022年1月(https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen15.pdf)
注射薬の有効成分濃度の定性・定量分析を簡便かつ即応的に行うための最も優れた手法が分光分析であることは疑いの余地がありません。分光分析によって、液体サンプルに対して迅速・簡便に定量性のあるスペクトルデータが取得でき、手法によっては非破壊あるいは非接触的な測定も可能です。
では分光分析の中では、どの手法が医療現場での注射薬の分析に適しているでしょうか?紫外・可視吸光度測定法、近赤外分光法、ラマン分光法などが候補に挙がってくると考えられます。このうち近赤外分光法は、①デバイスの小型化が可能、②スペクトルパターンから定性的な分析も可能、③レーザー安全設計を考慮する必要がない、などの観点から、医療現場での注射薬の有効成分分析には最も適していると考えられます。
InnoSpectra社製の「M-T1」は、デジタルミラーデバイスを用いた透過型近赤外分光器であり、他の近赤外分光器と比較して小型かつ安価であり、また1回の測定でカバーできる波長レンジも900~1700 nmと広範囲です。
透過型近赤外分光器「M-T1」
M-T1には4か所のビス取り付け脚があり、これを用いたハードウエア設計の柔軟性も十分に確保しています。
M-T1のビス取り付け位置
本記事では、このM-T1を用いて注射薬中の有効成分(セファゾリンNa)の定量分析を行った結果について報告します。
① Savitzky-Golay法による二次微分
② スペクトルの正規化
③ バックグラウンド補正
④ PLS回帰による検量モデル構築と定量性の確認
生理食塩水にセファゾリンNaを様々な濃度で溶解させたサンプルは下の写真の通りであり、いずれも無色透明の溶液であり目視で濃度を把握するのは困難だと思われます。
各濃度のセファゾリンNa/生理食塩水溶液
これらのサンプルについて、M-T1を用いて各濃度につき3回、900~1350 nmの波長範囲で近赤外吸収スペクトル測定を行いました。
測定の様子(実際には室内光の影響を避けるために測定部をカバーで覆って測定しています)
各濃度のセファゾリンNa溶液サンプルの近赤外吸収スペクトルは下のようになりました。なお、水溶液測定の場合、1350 nm以上の領域では溶媒である水の吸収が強く、測定に適していない領域となります。
得られた近赤外吸収スペクトル
吸収スペクトルの生データを見る限りでは、いずれの濃度でも同じ曲線を描いており、定量性がないように見えます。しかしこのスペクトルデータについて、上記5の①~③のデータ処理を行うと下のような曲線に変換されます。
スペクトル処理を行った後の近赤外吸収スペクトル
このように変換すると、濃度依存的なピーク強度の変化が見られます。
各濃度のサンプルについて計3回ずつ測定を行い、上記のように5の①~③のスペクトル前処理を行った後、PLS(部分的最小二乗)回帰によって定量性の確認を行いました。
PLS回帰による定量性の確認
上のように、セファゾリンNa濃度に関して、実測値とスペクトルに基づいた予測値との間に良好な直線性が確認できました。このことから、M-T1を用いた近赤外吸収スペクトル測定によって、注射薬中の有効成分濃度を精度よく定量できることがわかりました。
InnoSpectra社製の透過型近赤外分光器「M-T1」は手のひらサイズながら、光源から回折格子、デジタルミラーデバイス、検出器まで、近赤外吸収スペクトル測定に必要なコンポーネントが一つの基板上に搭載されたオールインワンのコンパクトな分光器になります。注射薬中の有効成分濃度を測定する場合は、調製した注射薬からサンプリングした溶液を測定セルに入れ、測定ボタンを押すだけで非常に簡便・迅速(今回の測定条件は約20秒)に近赤外吸収スペクトルを測定できます。得られた近赤外吸収スペクトルは、適切なスペクトル前処理を施すことで定量性の良好なデータに変換することが可能です。これらの点から、医療現場で即応的に注射薬濃度を把握するニーズに対して、M-T1は最適なソリューションとなり得るものと考えられます。リアルタイム性を活かして、点滴中の成分モニタリングなどにも応用できる可能性があります。
なお、今回は検証していませんが、薬剤の取り違えなどによって目的とは異なる有効成分が注射薬中に含まれている場合は、得られたスペクトル形状を標準スペクトルと比較することなどによって異常検知が可能となります。このような定性的な分析についても、今後検証していきたいと考えています。
このようにM-T1を用いることで注射薬中の有効成分の即応的な定量・定性分析が可能となります。M-T1はコンパクトな分光器であり、また測定用のアプリケーションもオープンソース化されていますので、ハードウエア、ソフトウエアの独自開発にも柔軟に対応できます。当社ではM-T1などのInnoSpectra社製分光器を用いたハードウエアおよびソフトウエア設計のサポートを行っています。また、実際にInnoSpectra社製分光器を用いて装置開発を行った事例を題材にした近赤外分光器に関するインハウスセミナーも実施しています。お気軽にお問合せください。
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