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植物の芳香物質を活用して、心身の不調の回復や日々の健康維持を目指す療法のことをアロマテラピーといいます。アロマテラピーに用いられる植物の芳香物質は「精油」といい、対象植物から水蒸気蒸留や圧搾、あるいは有機溶媒抽出などによって精製されます。
精油は、テルペノイド、アルコール、アルデヒド、エステルなど、多様な揮発性低分子化合物の混合物です。たとえばレモングラスの精油には、シトラール(アルデヒド)、シトロネラール(アルデヒド)、ゲラニオール(アルコール)、リナロール(アルコール)、酢酸ゲラニル(エステル)、ミルセン(テルペノイド)などの化合物が含まれます。精油に含まれる化合物の種類や含量が、その精油特有の香りを生み出し、またアロマテラピーの効能のもととなっているのです。
つまり、精油が適切なアロマテラピー効果を発揮するためには、含有成分の化学組成が非常に重要になってきます。しかしながら、合成香料あるいは安価な精油成分を添加する「偽和」と呼ばれる行為や、産地偽装などが横行しているのも事実です。このような偽造品の精油が市場に流通することによって、消費者は適正なアロマテラピーの効果が得られず、また正規の精油生産者も収入面での打撃を受けることになります。偽装品の市場流通は阻止する必要があります。
ただし、香りを似せて作成された偽装品の精油は、見た目や香りだけでそれを偽装品と見抜くのは極めて困難です。ガスクロマトグラフィーなどの分析手法によって詳細な成分分析を実施すれば偽装品検出は可能ですが、高価な分析装置が必要となり、また現場での即応性は乏しくなります。
近赤外分光法は、迅速・簡便かつ非破壊的に対象物の化学組成に応じた吸収スペクトルが取得できる分光分析手法です。近赤外分光法によって精油の識別が可能であれば、現場即応的に精油の真贋判定を行うことが可能となります。
今回は、小型近赤外分光器S-G1を用いて代表的な精油の近赤外吸収スペクトルを測定し、近赤外吸収スペクトルをもとにした精油の識別が可能かどうかを確認しました。
今回の近赤外吸収スペクトル測定に用いた装置を図1に示します。測定・解析用PC(Windowsタブレット)には、S-G1に付属の標準測定用アプリをインストールし、このアプリを用いて精油の近赤外吸収スペクトルの測定を行いました。
セラミック板は、縦20mm×横20mm×厚さ2mmのもの(ミスミ、品番CEA-20-20-2)、時計皿は直径50mm×厚さ1mmのもの(アズワン、品番1-8391-05)を使用しました。

図1.精油の近赤外吸収スペクトル測定に用いた装置
次の5種類の精油をサンプルとして用いました。
① シダーウッドアトラス
② ローズマリー
③ マンダリンオレンジ
④ レモングラス
⑤ イランイラン
なお、精油はマンデイムーンオンラインショップ様より購入しました(図2)。
https://www.mmoon.net/c/0000002706/0000002712

図2.今回用いた精油サンプル
精油の近赤外吸収スペクトルは、次の手順で測定しました。
なお、精油を滴下せずに測定を行ったものをリファレンススペクトルとしています。
S-G1での近赤外吸収スペクトル測定の測定条件は、下記のように設定しました。
測定の様子を図3および図4に示します。

図3.時計皿に精油を滴下

図4.セラミック板を上に置いてスペクトル測定
測定した5種類の精油の近赤外吸収スペクトルは、Savitzky-Golay法による平滑化および2階微分処理を行い、識別用のスペクトルデータとしました。
5種類の精油の識別用スペクトルデータを図5に示します。
精油の種類ごとに明確に異なったスペクトルとなっていることがわかりました。精油ごとに含有されている成分の化学組成が異なるため、得られる近赤外吸収スペクトルも異なったものになっていると考えられます。このことは、近赤外吸収スペクトルが精油の種類の識別や偽装品の検出に応用可能であることを示しています。

図5.精油の近赤外吸収スペクトルの比較(2次微分曲線)
今回、精油の近赤外吸収スペクトルを小型近赤外分光器S-G1を用いて測定しました。その結果、5種類の異なる精油でそれぞれに異なる近赤外吸収スペクトルが得られることがわかりました。近赤外吸収スペクトルは測定対象物の化学組成を反映したものになりますので、ある精油について正規品の近赤外吸収スペクトルを取得していれば、検査対象品のスペクトルと正規品スペクトルを照合することにより、対象品が正規品であるのか、あるいは合成香料や安価な成分が偽和された偽装品であるのか、瞬時に判別することができます。もちろん、精油は自然由来の製品であるため、正規品であってもロットによって成分のばらつきは当然あります。正規品について多くの近赤外吸収スペクトルを取得し、それをもとに統計学的な解析を行うことにより、検査対象品が正規品のばらつきの範囲に入るものか否か、というところまで判定できる可能性があります。このあたりは今後の研究課題と捉えています。
今回用いた小型近赤外分光器S-G1は、コンパクトで持ち運びしやすく、また堅牢な構造となっているため、フィールドワークでの測定に適しています。精油の真贋判定等を現場即応的に行うには、小型近赤外分光器S-G1を用いた近赤外吸収スペクトル測定は極めて重要な手段となり得ます。
精油の偽装品の市場流通は阻止する必要があります。それは、消費者が適正なアロマテラピーの効果を得るためだけでなく、精油生産者を守るためでもあります。近赤外吸収スペクトルに基づく精油の真贋判定が、その一助となることを願っています。
石田 淳子 著「アロマテラピー大全」(2023年)成美堂出版
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