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産業技術総合研究所(産総研、AIST)では、「AISTアプリ」として化学データのインフォマティクス解析用アプリ群を公開しています。AISTアプリシリーズの中でも「PCA ToolBox」は、分光スペクトルやマススペクトルの主成分分析が簡単に実行可能なものであり、近赤外分光法で得られた吸収スペクトルの変化などを理解するのに最適なものです。このPCA ToolBoxと、手軽に近赤外吸収スペクトルを測定できる小型近赤外分光器S-G1とを組み合わせることで、様々な素材の分類や経時的な化学組成変化の解析などが容易に実行可能となります。
PCA ToolBoxとS-G1の組み合わせによる薬剤の吸湿変化モニタリングの事例を記事にしています。下記をご参照ください。
AISTアプリ「PCA ToolBox」と近赤外分光器S-G1を用いた化学組成変化の追跡①~散薬の吸湿変化のモニタリング
今回はPCA ToolBox とS-G1の組み合わせの2つ目の事例として、コーヒー豆の焙煎に伴う成分変化をモニタリングしてみましたので、これについて報告します。
なお、コーヒー豆(生豆)については、S-G1を用いた近赤外吸収スペクトルの測定から銘柄の識別を検討した記事を以前に公開していますので、こちらもぜひご参照ください。
上記の記事でも触れていますが、コーヒー豆は焙煎に伴い含有する成分の化学組成が変化していくため、焙煎度合いによってスペクトルが大きく変化すると想定されます。今回はこの焙煎に伴うスペクトル変化を、S-G1とPCA ToolBoxの解析で捉えることを目標としました。
今回の近赤外吸収スペクトル測定に用いた装置を図1に示します。測定・解析用PC(Windowsタブレット)には、S-G1に付属の標準測定用アプリをインストールし、このアプリを用いてコーヒー豆の近赤外吸収スペクトルの測定を行いました。

図1.コーヒー豆の近赤外吸収スペクトル測定に用いた装置
コーヒー豆は、焙煎度合いに応じて「ライト」「シナモン」「ミディアム」「ハイ」「シティ」「フルシティ」「フレンチ」「イタリアン」の8段階に分類されます。今回はこの各焙煎度合いの豆に焙煎前の「生豆」を加えた計9種類のコーヒー豆を準備し、その近赤外吸収スペクトルを測定しました。
生豆および各焙煎段階で煎り止めした豆(各20 g)については、阪奈エリアの深煎り専門自家焙煎珈琲豆店「阪奈珈琲豆店」様にご提供いただきました。「阪奈珈琲豆店」様では、厳選されたコーヒー豆を深煎り自家焙煎し、鮮度の高い状態で全国に配送しています。ぜひ下記サイトもご覧ください。
なお、今回の検討にはコーヒー豆の銘柄として「ルワンダ スカイヒル」を用いました。生豆および各焙煎度合いの豆の外観を図2に示します。

図2.各焙煎度合いのコーヒー豆の外観
コーヒー豆の近赤外吸収スペクトルは、S-G1の測定部にO-リング(内径7.8 mm)を置き(図3)、そこにコーヒー豆1粒を割れ目側が上になるように置いて測定しました(図4)。

図3.S-G1の測定部にO-リングを設置

図4.コーヒー豆の近赤外吸収スペクトル測定の様子
なお、S-G1による近赤外吸収スペクトルの測定条件は装置にデフォルトで設定されている「Hadamard 1」の条件(下記)を用い、またリファレンスは図1に示した標準反射板RM-2を測定することで取得しています。
<Hadamard 1>
図2に示した各焙煎度合いのコーヒー豆について、それぞれからランダムに選んだ10個の豆の近赤外吸収スペクトルを測定しました。
その後、全測定データ(9焙煎度合い × 10個測定 = 90データ)について、出力データの中のスペクトルデータ部分を抽出して一つのエクセルファイルにまとめました(図5)。

図5.まとめたスペクトルデータの一部。行方向にサンプル番号({焙煎度合い番号}-
{豆番号}のフォーマット)、列方向にデータポイント(波長(nm))をとっている。
PCA ToolBoxにより図5のデータを読み込み、以前の薬剤の吸湿変化モニタリング記事のときと同じ手順(①ポイント数23で二次微分→②波長範囲1000~1600 nmにトリミング→③ノーマライズ)でスペクトルの前処理を行いました。スペクトル前処理を行った後のPCA ToolBoxの画面を図6に示します。

図6.得られたスペクトルデータの前処理後画面
PCAを実行し、図7のスコアプロットと図8、図9のローディングプロットを得ました。

図7.得られたスコアプロット(PC1-PC2)

図8.PC1ローディングプロット

図9.PC2ローディングプロット
PCA ToolBoxのデフォルトの作図では図7のスコアプロットが少し見にくいので、解析結果をエクセルデータとしてエクスポートしました。
解析結果をエクスポートするには、PCA ToolBoxでPCAプレビューを行った後に、「結果を保存」ボタンを押下します(図10)。

図10.解析結果のエクスポート
保存先を指定すると、解析結果をまとめたエクセルデータが作成されます(図11)。

図11.エクスポートしたエクセルデータの一部
エクセルデータには、各PCのスコア値、ローディング、寄与率がそれぞれシートにまとめられています。
各PCのスコア値から、焙煎度合いごとに色分けしてスコアプロットを再構築すると図12のようになります。

図12.色分けして再構築したスコアプロット(PC1-PC2)
図12をよく見ると、生豆から焙煎の進行度合いに応じて図13に示した矢印方向(時計回り)にプロットが移動していることが分かります。このことは、コーヒー豆の焙煎に伴う近赤外吸収スペクトルの変化を、PCAによってうまく捉えられていることを示しています。

図13.コーヒー豆の焙煎進行に伴うプロットの移動
今回は、コーヒー豆の焙煎に伴う成分変化を、各焙煎度合いのコーヒー豆の近赤外吸収スペクトル測定とPCA分析によって追跡してみました。その結果、図13に示したように、スコアプロットにおける測定データのプロット位置が、焙煎の進行に伴って時計回りに回転するような大変興味深い結果が得られました。このことは、コーヒー豆の焙煎に伴う近赤外吸収スペクトルの変化をPCAによってうまく捉えられることを示しています。それとともに、比較的焙煎者の主観になりやすい「焙煎度合い」というパラメータを、近赤外吸収スペクトルとPCAによって客観的に評価できる可能性も示唆しています。さまざまな銘柄のコーヒー豆について図13のようなスコアプロットを事前準備しておき、対象の焙煎豆の近赤外吸収スペクトルがスコアプロットのどの位置にプロットされるかによって、焙煎度合いを客観評価できる可能性があります。
このような評価のための近赤外スペクトル測定と解析については、現場での迅速・簡便なスペクトル取得と操作性のよいPCAソフトウエアが必須となります。今回用いた小型近赤外分光器S-G1とAISTアプリの「PCA ToolBox」の組み合わせは、そのような目的の解析には最適なものとなり得ます。コーヒー豆の焙煎に限らず、様々な対象に対しての経時的な化学組成変化の解析などが同様に実行可能ですので、読者のみなさまにおかれましても、PCA ToolBox とS-G1の組み合わせでの解析をぜひお試しいただければと思っています。
【参考文献】
1)尾崎幸洋 編著「分光法シリーズ 第2巻 近赤外分光法」(2015年)講談社
2)旦部幸博 著「コーヒーの科学」(2016年)講談社
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